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食道がんで入院する前の父 ブックマーク数


父が元気な頃から、食道がんで入院するまでの父の様子を記録します。

数年前に老後を満喫し始める

数年前、自営業の店を閉じてから、父は母と一緒に老後生活を満喫していた。
毎日、趣味のビデオを見たり、ジャズのライブへ行ったりとうらやましくなる生活だった。今まで何十年も仕事をしてきたんだから、これからはゆっくり父の好きなことをするのは大賛成だった。

外出しなくなる(2008年)

そんな父が外出しなくなったのは2008年頃。近所へ飲みに行ったり、バイクでのスーパーへの買い物ぐらいしか、外に出ない。家から一歩も出ない日がほとんどで、このままだと足腰が弱るんじゃないかと心配になった。
母も同じ心配をして、健康診断を受ければと何度も言ったらしい。でも、病院嫌いの父はうんと言わなかった。

サイパン旅行へ行く(2009年春)

2009年春、父は夫婦でサイパン旅行へ行った。
「いいな、連れて行ってよ」と私が言うと、「ハルモはこれからいつでも行けるだろ」と笑顔で答える父。

散歩を始める(2009年春)

母と私で「運動不足になるから、散歩しなよー」と父へ言うと、面倒くさそうな顔をする。数ヶ月かかって説得してもだめ。父のお気に入りの鳩子にお願いして、やっと散歩するようになった。ほっと一安心。
父と一緒に歩くと、スピードが遅くて驚く。家族で歩くとひとりだけ遅い。以前の父は早足で、私は小走りで追いかけていたのに。

バイクの運転をやめる(2009年)

高齢になってから心配事のひとつはバイク。「バイクの運転は危ないからやめて」と父へお願いした。これも父がうんと言うまで数ヶ月かかった。またほっと一安心。
私が小さい頃、父の背中に抱きついてバイクに乗った記憶がよみがえる。懐かしいな。

転ぶようになる(2009年夏)

ある日、目にあざがあるので「お父さん、どうしたの?誰かとケンカでもしたの?」と母に聞くと、飲みに行った帰りに転んだらしい。
お酒を飲むと転んだり部屋で吐いてしまったりと、お酒に強い父らしくない。

この頃から、なんだか父の老いが急速に近づいている気がしてきた。
話したこともたまに忘れることがあって、いずれ認知症になるのではと不安になった。私は怖くなって、毎日、父と母の話し相手をするようにした。

でも、まさか、食道がんだなんて。

咳が止まらない(2010年1月)

父が「咳が止まらない」と言い出し、母と総合病院へ行った。病院嫌いの父にしては珍しいこと。医師からは「ぜんそくみたい」という診断だった。お薬をもらって、数週間後に様子を診せに行くことになった。

<数週間後>
予約日がきても、咳は一向に止まらない。2回目の診察ではレントゲンを撮り、鼻炎の薬が追加された。次の予約は2/10だった。

喉が詰まる(2010年2月6日)

父は食事をすると喉が詰まって吐いてしまう。水さえも吐いてしまうので、予約日を待たずに父と母で病院へ行った。血液検査、CT検査、点滴をした。

緊急入院する(2010年2月8日)

今日は胃カメラを撮る日。でも、胃カメラが喉に通らなくて、緊急入院することに。私が仕事から帰ると、母から「お父さん、食道がんの疑いがあるって」と聞かされる。また、担当医が「娘さんに説明しましょうか?」と言っていたと聞かされる。

「食道がんの疑い?私に説明って・・・?」

突然すぎて、何が何だかわからない。

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<この記事は2010年2月の出来事です>
※数年前の出来事のため、質問のコメントにお答えできない可能性があります。ご了承ください。

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